伊能忠敬宿泊地・観測地の碑 横芝光町

管理人Sです。

仕事で町内を巡回していたら、発見してしまいました。

伊能忠敬宿泊地・観測地の碑です。平成10年に建てられたと記してました。

測量途中、宿泊して天測をおこなった親戚の海保家跡に建てられたとのことでした。



碑の裏側には、
 享和元年(西暦1801年)旧暦七月十六日夜 天体観測
 上総国武射郡屋形村浜
 緯度確定 北緯三五度三六分半
とありました。


実は、横芝光町は、伊能忠敬の成長の地であり、17歳で佐原の伊能家の婿養子になるまで、
父の実家である神保家で過ごしたのです。

神保家は戦国時代から続く旧家で、名主を勤める名家だったそうです。
神保家に幕府の役人が泊まったとき、計算に興味を示し、
たちどころに覚えてしまったので役人が驚いたという逸話が伝わっています。

サイトをみていると、この地に「伊能忠敬成長の処」の碑があることを初めて知りました。

次回、レポートします。


白子町で初日の出&初詣はいかがですか?

白子町観光協会のブログ「季節ごとの耳より情報」から、
初日の出&初詣スポットをご案内いたします。

まずは、初日の出です。

白子町では、きれいな初日の出が見られるスポットがたくさんありますが、
中でも剃金海岸に新しく登場した「ウミガメの丘」がおすすめとありました。
地平線を見渡せる眺望が魅力的とのことです。

そして、初詣は白子町の名の由来になった白子神社がおすすめです。

金刀比羅神社

2013年の干支は「巳=ヘビ」。白蛇伝説がある白子神社はいかがでしょうか?

成田山御本尊不動明王上陸聖地報恩大法会 横芝光町尾垂

明日12月27日午前11時より、横芝光町尾垂の成田山御本尊上陸の地にて、

成田山御本尊不動明王上陸聖地報恩大法会が厳かにおこなわれます。

成田山の御本尊不動明王は、天慶2年(西暦939年)、平将門の乱を鎮めるため、 寛朝大僧正が奉持して、難波の津から東国をめざして出帆した。 遥かな海路を無事乗り切り、横芝光町尾垂総領一本杉海岸に上陸した。 これより寛朝大僧正は公津ヶ原(成田市)に護摩壇を築き、21日の御護摩ご祈祷を修し、 満願の日に乱が平定されたと「成田山大縁起」などに記されている。
厳かな成田山御本尊不動明王上陸聖地報恩大法会をぜひご覧ください。

考古資料で見る横芝光町の歴史展〜旧石器・縄文時代〜

管理人Sです。今日は1日中雨で、がっかりです。こんなときは、インドアもいいですよ。

さて、横芝光町立図書館2F町民ギャラリーにて、
「考古資料で見る横芝光町の歴史展〜旧石器・縄文時代〜」が開催されていますので、
ご紹介します。



開催期間  平成24年9月15日(土)〜11月11日(日)  ※休館日はこちら

開催時間  午前9時30分〜午後5時30分【入場無料】



横芝光町内の原始時代遺跡出土の考古資料を見ることができます。

行ったことはないのですが、横芝光町には、「山武姥山貝塚」をはじめ「中台貝塚」、
「鴻ノ巣貝塚」、「木戸場貝塚」、「牛熊貝塚」など多くの「貝塚」があります。

どうなっているのか詳細が分かりませんので、現地を確認してみようと思います。

本ブログで、貝塚のアウトドア・レポートをしますので、ご期待ください。


山武市蓮沼 極楽寺

昨日、山武市蓮沼にある極楽寺に行ってきました。

 「一円浄土」と呼ばれ東上総における浄土宗鎮西派の拠点となった極楽寺です。

正嘉元(1257)年に浄土宗の名僧・良忠上人によって創建されたと伝えられています。



駐車場に車を停め、本堂に向かうと、立派な蓮沼観音がお迎えしてくれました。

 

本堂も立派です。観音様が大きいのがお分かりだと思います。

そして、蓮沼の由来となった「蓮池」は本堂の裏にあります。




ハスの見頃は7月下旬のようです。

道の駅「オライはすぬま」から300mほどですので、ぜひ訪れてみてください。


大正初期の横芝光町

管理人Sです。横芝光町のお店の貴重な写真を拝見させていただきました。

万延元年(1860年)創業の(有)小堀呉服店さんです。



横芝光町の横芝上町は金比羅神社の門前町として、非常に栄えていたそうです。

着物姿のお客さんとお店の看板が、大正を偲ばせます。福助足袋の看板もありますね。

小堀呉服店さんは、現在洋品店となりましたが、
呉服店だった特色を活かし、着物のリメイクをおこなっています。

貴重な着物を素敵な洋装として蘇らせています。

PS.昔の写真がございましたら、横芝光町商工会までメール願います。よろしくお願いします。

成田山御本尊上陸聖地報恩大法会

成田山御本尊上陸聖地報恩大法会が横芝光町尾垂ケ浜にて、11時より執り行わました。



詳しくは、NPO法人 NORTH CHIBA さんの動画をご覧ください。



本大法会は、毎年5月27日に執り行われています。

今回、ご参会できなかった方は、ぜひ来年お越しください。

5月27日に成田山御本尊上陸聖地報恩大法会が執り行われます。横芝光町

皆様、成田山新勝寺はご存知ですよね。では、成田山御本尊上陸聖地はご存知ですか?

成田山御本尊上陸聖地は、横芝光町の尾垂ヶ浜にあります。

成田山の御本尊不動明王は、天慶2年(西暦939年)、平将門の乱を鎮めるため、寛朝大僧正が奉持して、難波の津から東国をめざして出帆した。遥かな海路を無事乗り切り、横芝光町尾垂総領一本杉海岸に上陸した。これより寛朝大僧正は公津ヶ原(成田市)に護摩壇を築き、21日の御護摩ご祈祷を修し、満願の日に乱が平定されたと「成田山大縁起」などに記されています。



この地で、5月27日の午前11時より、成田山新勝寺の貫主大僧正様をはじめ、成田山仏教聖歌合唱団、八街不動院遍照講下総印旛教区八街支部、さくら太鼓、成田商工会議所女性会や横芝光町女性有志の皆様のご参集のもと厳かに執り行われます。



本年は、日曜日に執り行われますので、ぜひお越しください。

大堤権現塚古墳 山武市

今日は良い天気ですね。金環日食の日にとっておきたいです。

さて、天気が良いのでちょっとお散歩です。

場所は山武市の大堤権現塚古墳(おおつつみごんげんづかこふん)です。

国道126号線に看板があるので、前から気になっていました。



歩いてびっくりです。かなり大きな古墳です。写真では、一部分しか取れません。

古墳の全長は115m、前方部幅53m、後円部径55〜60m、墳高は10〜12mと前方後円墳です。

墳丘の前方部には一部削平され箱根神社が祭られており、地区の人々が権現様と呼んでいるところから、権現塚古墳の名が付いたそうです。



おそらく、前方後円墳の後ろからみたところです。

全国的にも珍しい三重周溝なんだそうです。周溝、周堤帯もよく残っていました。

マニアは必見ですが、観光地というより史跡です。平成2年には、千葉県の史跡に指定されています。


浅間神社近くの庚申塔 山武市

管理人Sです。昨日の続きを書こうとしたら、ブログに新しい記事が更新されていました。

匝瑳市商工会さん、いつもありがとう。他の商工会さん、情報をお寄せください。

さて、昨日の続きです。浅間神社山門近くに、庚申塚がありました。



享保元年(1716年)に造立された庚申塔でした。

塔身の正面に、邪鬼を踏まえた六臂の青面金剛が陽刻(文字・模様・画像が浮き出るように彫刻)されていました。

山武市の有形文化財に指定されているそうです。

その側面には、文字が刻まれています。下記の画像ですが、読み取れるでしょうか?



上総國 武射郡 田越村」 と刻まれています。

ところで、「武射郡(むさぐん)」って、知っていますか?

山武郡の「武」のことです。山武郡は、「山辺郡」と「武射郡」が統合し、発足したそうです。

そして、wikipediaによると、田越村は幕府領で旗本が知行していたようです。

この塔に刻まれていた地名で、いろいろなことが想像できました。歴史ロマンですね。

浅間神社の山頂からは、田圃が良く見えます。

この地を治めていた人は、この丘に登り、お米の出来具合を見ていたのでしょうね。

歴史を感じに、この地にお越しください。



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